[海外] 大韓民国 日本設置の道路元標
日本統治下(韓国では日帝強占期というらしい)に設置された道路元標
あくまで901号管理人の解釈として...
・1914年朝鮮総督府告示では「市街地元標」とあり、当時は木柱の「里程元標」
・1935年にソウルは現存しているものに置き換えられ、2つを世宗路の両側に設置
→残っているのはこのときのもの
・1938年に朝鮮道路令により朝鮮全土の市邑面に設置する制度に
→ここで日本の道路元標制度の完全導入?(だが、これによるものは未発見)
・韓国独立後、1962年道路法制定で、朝鮮道路令の道路元標制度も引き継がれる
→市郡単位になってる
(旧)道路元標
現在位置 1 [地図表示]
서울특별시 종로구 세종로 142-3
(ソウル特別市鐘路区世宗路)
고종즉위40년칭경기념비
(高宗即位40年称慶記念碑)
現在位置 2 [地図表示]
서울특별시 동대문구 경희대로 26
(ソウル特別市東大門区慶熙大路)
경희대학교중앙박물관
(慶熙大学中央博物館)
Comments:
1997年まではこれがソウルの道路元標との認識で、
現在のソウル特別市の道路元標(移標)の150mほど南西側
現・道路元標の案内板によれば、1935年に世宗路の両側に設置とあり
同じものが2つあったと考えられ、
実際に1つは、光化門広場の脇の記念碑殿前に、
もう1つは慶熙大学中央博物館に展示されている
・側面の距離表示も同じ
・建設時期については記念碑殿は削除されているが、
慶熙大学のものに「昭和十年五月建設」が残っている
▲ 台座の位置表記
▲ 側面(右)・裏面
▲ 側面(左)
▲ 慶熙大学展示のもの
▲ 慶熙大学展示室内
▲ 説明(慶熙大学)
▲ 裏面(慶熙大学)
▲ 側面(右)(慶熙大学)
▲ 側面(左)(慶熙大学)